超高齢社会で考えるシニア層とのギャップ
~佐々木常夫 (株)佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表の視点~
「ビッグツリー」「働く君に贈る25の言葉」などベストセラー著書で、自閉症の長男・次男・長女の育児、うつ病を患った妻の介護や家事に追われながら仕事への情熱を捨てず、東レの取締役、東レ経営研究所の社長も務めた佐々木常夫さん。ワークライフバランスの体現者である佐々木さんから見る日本におけるギャップとは?
塚越:「佐々木さんが解決したい「ギャップ」は何ですか?」
佐々木:「私たちの年代になると、80年近く積み重ねてきたものがひとりひとり全然違うわけだから、それぞれにギャップがあったとしても、そのギャップを解消しようとは一般的には思わないね。なぜって、もう先が見えてるから。
これがもっと若かったら何とかしなきゃいけないと思うかもしれないけど、今はそのままの立ち振る舞いでも生きていける。私たちの年代では、もう会社などの組織に所属している人もほとんどいないし、自由なわけ。
たとえ、それを変えようと思っても、いまさら仕方ないねってなってしまう。いまの状態をかわいそうだとも言われるし、うらやましいとも言われる。」
塚越:「たとえば、自治会長や〇〇団体の会長・役員など地域で幅を利かせているシニア層の方々。役職についている人もいれば、もう組織からは外れてても、裏で力を持ってて、現役世代に影響を与えてくる立場にいると、このシニアの方々が変わらないと、地域が変われないなんてことがあります。そうしたシニアの方々については、どう思いますか?」
佐々木:「そういう何かしらの組織に所属している場合は、何かしらのギャップがあれば解決しないと周囲への問題が色々と出てくる。その人たちが意思決定層だったらギャップを解決しようとしなくてはならないでしょうが、かなり難しいでしょう。」
塚越:「自分たちが影響力を与えていることに気づいていないってことでしょうか?」
佐々木:「いや、そんなことは気づいているでしょう。権力や影響力があると思っているから人を束縛して面白がっているんだろうからね。こういう人たちはとても困るし、反省してもらわないといけないんだけど、その人たちを変えるとなると非常に難しい。
一方で、自覚してる人で自分を変えようと思って、この年代でも勉強したり、様々な人に会って刺激を受けて、変わっていく人も、もちろんいる。」
塚越:「そもそも人を変えることはできない、だから相手を変えようとせず、相手へのアプローチの仕方を自分から変えてみる、ということでしょうか。困っている側の人たちがその対応方法を知れば、上手に付き合えそうです。地域も良くなるかもしれませんね。」
解決が必要なギャップとそうでないギャップ
佐々木:「人は基本的には自分しか変えることができないからね。
ギャップっていうのはたくさんあるんですよ。それは、お金持ちと貧乏な人、正規社員と非正規社員もそう。こうしたギャップ全てが駄目ってことではないし、すべてが解決すべきギャップでもない。解消も解決もしないギャップの中でそれぞれみんなが幸せになれればいい。
例えば、お金持ちと貧乏な人の場合、頑張って成果を上げた結果お金持ちになれた人と、あんまり働かなかった人やちょっと働いても駄目だった人がいる。ある意味勝負の世界でもあるからそれに負けちゃった人は仕方ない。
一方で、そこに構造的なギャップがあるなら、政治の力で解決していくことになるだろうと思う。」
塚越:「確かに貧富の差が構造的に生まれやすい部分は政治の力や行政の力が必要ですよね。同時に、思い込みや情報量の差で生まれてしまうようなギャップは私たち民間の力でも解決に導ける手段はあると思っています。」
佐々木:「たとえば?」
塚越:「例えば、現在は、共働きを続けたほうが子どもも生み育てやすいし生活もしていきやすいようになっています。実際、同じ世帯収入でも、一人で稼ぐより、二人で半々で稼いだほうが税金などは低く抑えられます。直近のデータでは専業主婦世帯の方が出生数が低くなってきてさえいます。保育園が整備されて来たので、家庭内で子どもを育てる方がしんどくなってきているという課題の裏返しでもあります。
しかし、自分の両親のスタイルが、父親が稼ぎ、母親が専業主婦だった場合、それが家族のロールモデルになりがちなので、この令和の時代に家族を形成するときに、妻が結婚や出産で会社を辞めたいと思っていたり、辞めてしまうことが散見されます。
実際、令和2年版男女共同参画白書に掲載のある民間データでは、末子が未就学児であれば、専業主婦でいたいと回答している女性(25才~44才)が既婚・未婚・子どもの有無に関わらず、最も多いです。
つまり、20年30年前のロールモデル情報をアップデートせずにそのまま令和の時代に再現しようとしてしんどくなっていく家族が潜在的にいるんですね。」
思い込みやイメージから生じるギャップ
佐々木:「情報のアップデートを仕掛けていく必要があると。」
塚越:「はい。これは能力の差ではなくて、思い込みの程度や情報の差なのではないかと思います。もちろん自分で調べればいいですが、今は情報が多岐に渡り適切な情報にたどり着くのも大変です。また人間は観たい情報しか観ないので、自分に刷り込まれた家族像をわざわざ自分からアップデートしようなんて人の方が少ないでしょう。親族や周囲の大先輩から昭和の家族像を押し付けられるかもしれません。 子どもを持つときに誰もが一度はアップデートできる機会を提供していくには、民間と行政で同時に進めていくのが理想です。
ファザーリング・ジャパンでは、プレパパ・プレママに企業版両親学級を薦めています。今の父親母親は子どもが生まれる前はどちらも働いていることが多いですから、自治体や病院だけでなく、働いている先でも両親学級を提供し、ここでイマドキ子育て世代の取り巻く環境がいかに変化しているか、キャリアの在り方、仕事と子育てとの両立の仕方も伝えていきます。2020年に厚生労働省と共催で試験的に実施し、今は大企業を中心に広がってきています。
ただ、最新のファザーリング・ジャパンの調査では、2022年に子どもが生まれた父親の6割は何の両親学級の受講もしていないことが分かっています。」
佐々木:「車を運転するためには教習所に通って勉強しなければならない。子どもの命を預かる夫婦にもそういう学級が必要だというわけか。」
塚越:「また、思い込みやイメージで生まれてしまうようなギャップの例として、「子どもの声は騒音か否か」が問題になっていたときがありました。」
佐々木:「あぁ話題になっていた。」
塚越:「メディアでは、近くに建設予定の保育園に反対するシニア層と子育て当事者を対立構造にして煽っていたものまでありました。確かに、シニア層は家にいる時間が相対的に長いので、日中に保育園から聞こえる子どもの声には敏感というのは分かります。
たしか、佐々木さんの自宅の近くにも保育園がありませんでしたか?」
佐々木:「あるよ、目の前に。子どもの声は良く聞こえるけど、別に私は気にならないが。」
塚越:「この話題を佐々木さんと同世代の私の父母にも話したら、子どもの声がうるさいなんて思わないけどね、という回答でした。
あるレポートによると、人間は年を取るほど我慢を司る脳の機能が低下して癇癪を起しやすくなるというのはあるらしいです。
一方で、昭和の時代は9割以上が結婚し、子どもを二人以上持っている方が大半の時代でした。そこらじゅうで近所の子どもたちが騒いでいて、自分も子どもを育てた経験がある方が多い。子どもの声への耐性はシニア層の方がもしかしたらあるのではないかというのが私の仮説です。逆に、子どもを育てたことの無い方や若者のほうが子どもの声の耐性は低いのでは?とも。」
佐々木:「確かに、私と同居している若い夫婦のほうが保育園の声に敏感だったな。」
シニア層vs子育て当事者層という安易な構図の罠
塚越:「でもちょっと調べれば、保育園建設に関する子どもの声騒音調査はいくつかあるんです。そしてその調査からは子どもの声を騒音と感じ建設に反対する人は1割程度で年齢は関係ないと。
でも、メディアやネットでは、分かり易いシニア層vs子育て当事者という構図で展開しがちです。
さらに日本の人口ピラミッドではシニア層がボリュームゾーンであり、投票率も高いから、シルバー民主主義ともいわれていて、シニア層はSNSを相対的に使わないので、ネット上ではシニア層を老害だの何だのと叩きやすい対象にもなりやすい。ここまでくるとジェネレーションギャップを越えて社会的分断の懸念すらあります。
思い込みやイメージじゃなく、データに基づけば、見えてくる解決策が違ってきます。そして事実が分からない場合は、思い込みで展開する前に、データを取ることが大切なのではないかと思います。」
佐々木:「ただデータを扱うときには留意事項があるね。世の中には3つの嘘があり、その中の1つは統計の嘘。
私が国のある審議会委員をやっていたときに、「わが社の社内結婚比率は5割という統計がある」というからさらに調べたら、結婚した社員が二組いて、そのうちの一組が社内結婚だったから5割だというわけですよ。数字そのものは嘘じゃないけど、事実を統計で表現すると、そういう嘘もつける。気を付けなければいけないのは、統計の取り方なんだよ。」
塚越:「そうですよね。社会的にインパクトを与えそうな調査をするときは、様々な面で留意しないといけませんね。
塚越:「とはいえ、私は学術研究者ではないので専門家に協力を仰いだり、弊社で調査をするにしてもジャーナリズム的な調査にならざるを得ませんけど、思い込みやイメージだけで世に伝えていくよりは、ギャップの解決に近づけるんじゃないかと思っています。」
佐々木:「データは扱い方によって重要な武器になるな。」
塚越:「ここまで上げたのは一例ですが、シニア層との分断はこの超高齢社会の日本においては致命的になるのではないかと私は懸念しています。
異次元の少子化対策が国から発表されましたが、財源をめぐっても「年金・介護vs児童手当」みたいな構図で展開されやすい。日本人口のボリュームゾーンであるシニア層の協力は国の子育て環境の空気すら変えるのではないかと思うのです。」
佐々木:「シニア層を活かせるかどうかは日本にとってとても大事だね。
中学時代の同級会があって、先日主催者から連絡がきてね。
「私たちも年を取りましたし、後期高齢者です。そろそろですから、今年で最後にしましょう」と。
おいおい、78才で何を言ってるんだ、このあと10年以上どうしていくつもりなんだ、って私は思ったよ」
塚越:「人生100年時代ですからね。
後期高齢者っていう名称が、日本人の年齢的限界を作ってしまっているのかもしれません。」
年齢によるギャップをいかに超えていけるか
佐々木:「そう。78才で年老いていく人もいるだろうが、そうでないシニアもたくさんいる。私は大学時代のサークル仲間と月に1回Zoomで会合をしているんだけど、もったいないなぁと思うね。」
塚越:「とおっしゃいますと?」
佐々木:「こんなに優秀で知識があって健康な人たちが何でこんな趣味の話ばっかりしているんだろうと。なんでこういう人たちの力を日本では活かせないのだろうか。」
塚越:「なるほど。子育て世代は時間がない時間がないと日々目が回るような生活をしている一方で、シニアの中には時間を持て余しているというギャップ。企業はどこも人手不足なのに企業と人をマッチングできていないギャップがあるわけですね。」
佐々木:「まぁアクティブ・シニアは、やっと現役から解放されたと思って、好きなことで毎日忙しくしている人もいるけど、時間を持て余している優秀な人材は日本にはたくさんいるんじゃないかと、周りをみていても思う。」
塚越:「今、人的資本経営が企業では必要ですが、日本そのものが若年層やシニア層という年齢の枠を超えて人的資本を活かしきる必要があるのではないかということですね。
年齢層で分断するような問題が出てきたら弊社でもデータなども使ってギャップ解決に努めていきたいと思っています。そのときにシニア層の代表として佐々木さんにも是非ご協力いただきながら、弊社のデータなども活用頂きテレビ出演もお願いしたいです。特にシニア層が見ているメディアはテレビが多いですから。」
佐々木:「私は昔からメディアの取材はチャンスがあったらいつでも受ける方針だから、元気なうちはいくらでもやりますよ。」
インタビューを終えて
佐々木常夫さんは、私の師匠と勝手に呼ばせていただいています。私が会計士時代に多忙な仕事に加えて、育児と介護でしんどかった時期に、佐々木さんの著書が私の支えになりました。監査法人から東レ経営研究所に転職して人事コンサルタントにキャリアチェンジするときは、佐々木さんの下で勉強させてもらいました。
佐々木さんは今でも多くの知識を吸収し、著書もたくさん出されており、バイタリティにあふれる方です。
団塊世代層の佐々木さんの世代と団塊ジュニア世代層の私の世代が日本の人口ピラミッドのボリュームゾーンであり、両方の世代が次世代のためにどう動けるかが今後の日本にとって大切だと改めて感じるインタビューとなりました。