性別役割分業お化けのカラクリ

~羽生 祥子 (株)羽生プロ代表取締役社長の視点~

「日経DUAL」を創刊し編集長、「日経xwoman」を創刊し総編集長、「日経ウーマンエンパワーメントプロジェクト」を経て、2022年に著作家・メディアプロデューサーとして独立。「多様性って何ですか?」(日経BP)著者で、ジェンダー平等に詳しい羽生祥子さんが解決していきたいギャップとは?

羽生さんの視点

塚越:「羽生さんが解決したい「ギャップ」は何ですか?」

羽生:「ズバリ、性別役割分業ですね。

 今の時代で実際には性別役割分業なんてなくて、本来はないのに怖がってる「お化け」のようなもの。その「性別役割分業お化け」が出るかもしれないってビビッてしまう、現実とのギャップ。

 それによって男女ともに新たな価値観で行動できなくなったり、諦めたりする人を減らしたいです。」

塚越:「その「お化け」の怖がり方は世代ごとにもギャップがありそうですね。」

羽生「そうなんです。

 まず、この「お化け」の原因は、客観的な理由や原因を調べていくと、歴史とそのときの政治経済に密接に結びついていることが分かったんです。」

塚越:「調べて分かった背景はどんなものだったんですか?」

羽生:「女性の労働環境にまつわる過去の法律が関わっています。

 1970年前後に国が方針とした日本型福祉社会や家庭充実基盤構想っていうのがあった。1980年代に入り早々に崩壊したシステムです。

 私に言わせるとこれが諸悪の根源。

 家事・育児・介護を女性が担うことを前提とした性別役割分業を基にした社会の制度でした。高度経済成長時代は、男性の長時間労働を支える要員というのが女性の位置づけだった。」

塚越:「私たちの祖父祖母の時代ですね。」

祖父母時代、両親時代、そして

羽生:「そう、もう50年以上も前の制度ですよ。

 当時の方々を非難しているのではなく、過去にしがみついているので「お化け」と呼んでいるのです。

 そのモデルは、高度経済成長のあと、1970年後半に低成長期に入ったとたんに、政府は子供と教育に関わる社会福祉予算を大幅に削った時期がありました。育児や介護は家庭でやってください、低成長で国は支出を抑えなければならないから、と。国が補助する前に、まずは家庭内で頑張ってくださいという話です。

 つまり、女性は次に、低成長時代の福祉予算削減を支える要員という位置づけになり、こうやって「子育て・家事・育児を担うお母さんを賛美する」という流れができたんですね。」

塚越:「私たちの父親母親の時代ですね。
 どちらにしろ女性が家庭を担うっていう、性別役割分業を基にしているわけですね。」

羽生:「はい。さらにこのとき、メディアは最盛期で、国民全体へのメッセージ発信ツールとしてパワーを発揮しちゃった。」

塚越:「みんな同じテレビやラジオ、新聞・雑誌を見聞きしていた時代。」

羽生:「そうです。テレビ番組でもCMでも、お母さんはエプロンつけていつも家にいる。おじいちゃんやおばあちゃんのお世話をしたり、子どもの育児を一手に担う姿がメディアで刷り込まれて、賛美されたわけです。この1970年代モデルが刷り込まれて成人になってる人っていうのは、今何歳くらいだと思いますか?

 65歳以上がメインゾーンです。ですが、私たち40代世代も、1980年前後は幼少期だったので、「ちゃんとしているお母さんは家で育児家事をしている」というイメージがインストールされたままですね。

 でも、1980年代に入り家族の多様化が進み、そのモデルは続かなくなりました。1990年代には小泉内閣で「共働き世帯を中心にする社会保障」の方針発表を打ち出しています。」

塚越:「制度の方向転換をしたわけですね。」

羽生:「そのタイミングで、国民のマインドも変わればよかった。

 ですが、ご存じのとおり、1970年代モデル世代(50-60代)が、現在もまだ企業や政治の意思決定層に多数います。その影響で、昔を引きずりつづけていると、私は思います。

 制度や法律はすでに変わっている現実世界と、実在しない「お化け」のギャップ。それが原因で、いろいろなところで綻びが出ている。これを本当に無くしたい!」

塚越:「分かります!」

羽生:「この話を先日、(子ども家庭庁・内閣府担当の)小倉大臣の検討会でプレゼンしたら、皆さんから「性別役割分業の話で、一番分かりやすかった!」と言われて、女性版骨太の方針にも入れてもらったんですよ。」

塚越:「見ました見ました。」
 (女性活躍と経済成長の好循環実現に向けた検討会(第6回)令和5年5月22日

女性活躍と経済成長の好循環実現に向けた検討会(第6回)| 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)

羽生:「嬉しい、見てくれたんですね。でも、実際には、男性はこの事実をほぼ知らないですね。
なぜなら、女性にまつわる労働法だから、全然興味がない。自分事化されない。しかし最近、経営者や企業研修で話すと、凄い腹落ちしてくれるんです。」

経営者が腹落ちする視点

塚越:「特に上場企業は人的資本開示も相まって、ジェンダー平等を進める必要性が年々高まっていますしね。」

羽生:「これまで性別役割分業の話って、日本的DNAだとか、やまとなでしこだとか家父長制だとか、かなり物語的に説明されてきた。いやいや、そんなメンタルとか民族的なものじゃないですよと。政治経済のそのときの環境で、後押しされたルールだったんですと。
そうやって割り切って歴史の話にすれば、男性でも客観的、冷静に理解しやすいですよ。」

塚越:「経営者は論理的、合理的に理解しようとする人が多いから情報提供の仕方として適切ですね。」

羽生:「そうですね。
 お母さんがフルタイムで働きに出たら、家族が崩壊するんじゃないか。家族を大切にしないつもりか!みたいな発言をする人がまだまだいます。そういう対話のときに、割り切って制度の歴史を紐解けば、年齢が上の人でも腹落ちできるようです。」

塚越:「日本人のアイデンティティと紐づいてしまっている人は、切り離すわけですね。」

羽生:「男女雇用機会均等法で性差別が禁止事項になったのも、たかだか2000年頃なんですね。だから今50代の女性役員層が、男性に同化する手法しか組織で生き残れなかったのも無理はないというか。」

塚越:「私はギャップ解決の手段には大きく2つあると思っています。

1つは、今既にわかってて客観的な事実やデータもあるのに、それが必要な人に伝わってないっていうケース。まさに、羽生さんの今お話頂いた歴史の話がそれですね。
もう一つは、イメージや仮説ばかりで、そもそも事実を把握するためのデータがないっていうケース。このケースは新たなデータを取って事実を把握しないとギャップの有無や程度が分からないので、解決策が的外れになりやすい。
日本でジェンダーギャップ施策の多くが空振りしてるのは、ジェンダー統計に基づいた施策になっていないからではないかと思っています。」

女性起業家にも横行するお作法

羽生:「なるほど!
 私、起業して一年になるんですけど、有難いことに女性起業家の集まりにも呼ばれるんですね。
 でも、みんな集まっても、いくら稼いでるって話は表立ってしないんですよ(苦笑)。」

塚越:「そうなんですか?せっかく起業家同士集まってるのに。」

羽生:「男性起業家は、年商いくらとか利益増加をPRしても全然問題ないし、むしろ成功者として讃えられる傾向が強い気がします。ですが同じことを女性がやると、妬みが勝っちゃう。「女のくせに」とか「バックに男がいる」っていう言葉は、女性起業家が受ける典型的なハラスメントですね。結果、叩かれるのが嫌で、女性起業家はお金の話はしない。「大変です~」と少し弱気な方が無難、というムードが漂いまくりですよ。」

塚越:「「女性は男性より稼がないでほしい」という脳内の期待と、「実際は男性より稼いでいる」という現実にギャップがあると、攻撃の対象は自分の脳内のほうではなく、現実の女性に向いてしまうと。」

羽生:「そのとおりですね。
でも実際は、会社勤め時代の何倍も稼いでるっていう女性起業家はたくさんいるから驚きです。
窮屈ですよね、この表と裏の“お作法”。こうした男女のギャップも解決していきたいです。」

塚越:「そういうエピソード聞くと、私の立場では、「男のくせに育休とるの?」とか、「子どもはパパよりママが良いに決まってる」とか「どうせ男性なんて育休取ったって家庭内で邪魔になるだけ」っていう男性育休のネガティブキャンペーンを想起しちゃいます。

 日本ギャップ解決研究所がまず対峙していく主なギャップはこうしたジェンダーギャップです。」

羽生:「はい、一緒に解決していきましょう。」

インタビューを終えて

羽生さんとは日経DUAL立ち上げ時に出会い、「イクボスの教科書」「男性育休の教科書」(ともに日経BPマーケティング)の企画・監修や、「共働き子育てしやすい企業ランキング」の審査員として声をかけていただいたり、男性育休、働き方改革などのテーマでインタビューや執筆の機会もたくさん頂いてきました。このインタビューの前には、同世代で1年先を行く先輩起業家として様々な体験談もシェアいただき、私にとって有難い存在です。
国のターゲットとしている2030年までに日本ギャップ解決研究所として解決に力を注いでいくジェンダーギャップ。羽生さんとも連携しながら進めていきます。