悲惨な2大事件で体罰禁止の法制化!日本の親子関係は変わるのか?
~高祖常子 認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク理事・子育てアドバイザーの視点(1/4)~
認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク理事、育児情報誌『miku』元編集長、厚労省、内閣府、子ども家庭庁など公職委員を数多く歴任、『こんなときどうしたらいいの?感情的にならない子育て』(かんき出版)など著書や執筆記事も多く、子育てアドバイザーとして多くのメディアで引っ張りだこの高祖常子さん。高祖さんが解決したいギャップとは?
塚越「高祖さんが解決したいギャップは何ですか?」
高祖「子どもの権利が日本においても子ども基本法で制定されたにもかかわらず、日本社会でまだ認知が低いギャップを何とかしたいです。
でも、そもそも子どもの権利以前に、人権の問題。だから「子どもの」と分ける意味は本来なくて、日本における人権の問題の解決をしたいという方が正しいかもしれないです。」
塚越「日本において人権意識が乏しいのはなぜでしょうか?」
高祖「島国意識と一言で言っては語弊があるでしょうが、保育園・幼稚園でも、学校でも、職場でも、みんな一緒で、横並びが美しい。結果、学校や職場で、誰かが違うことをいう、違う行動をすると、なんでみんなと違うことするんだ、家庭であれば、何で親の言うこと聞かないんだ、になっていく。」
「みんな違ってみんな良い」が子どもを混乱させる理由
塚越「保育園・幼稚園、学校でも「みんな違ってみんな良い」って子どもたちには伝えるようになってきましたが、例えばそれを絵本で伝えようとしたとき、「静かにしなさい」「前向いて」って全員を統一させようとしますよね。」
高祖「そう、「今コレ作ってるから嫌だよ」と子どもが言っても、「今は絵本の時間でしょ!」とみんなと合わせる方向に持っていきがちですね。」
塚越「それで、みんなが静かに前を向いたら「みんな違ってみんな良い」って話をする。これでは、伝えられていることと、日常生活で求められていることが違いすぎて混乱しそうです。
つまり、その子ども自身の権利、その子ども自身の個性を認めるよりも、例えば、親の基準や周囲の基準と違えば、親や周りに合わせるために、その子どもの権利や個性自体を奪いにいくほうに社会のパワーが向かってしまうということでしょうか」
高祖「そもそも虐待って、なんで言うこと聞かないんだ、なんで泣き止まないんだ、という「しつけのため」が原因であることが多いんですね。親や大人に反しているものを従わせようとする行為がエスカレートし、暴言から暴力になり、コントロールが効かなくなって命を奪うところまで行ってしまう。
虐待を受けた子は、「嫌だ」と親や大人に言えないようになっていく。なぜなら親や大人に「嫌だ」というと、「なに嫌だなんて言ってるんだ!」と暴言と共に暴力まで受けてしまう。そうすると、「嫌だ」と言えなくなるだけでなく、「嫌だ」と思ってしまう自分がいけないと思うようになっていく。自分の気持ちを殺して生きていくことを学んでいってしまいます。」
「嫌だ」と大人に言えない子どもが社会人になると
塚越「そういう子どもが大人になるとどうなっていくんでしょうか?」
高祖「社会人になって無理なことを言われても断れない、ブラック企業に入ってしまうと、ハラスメント上司の言いなりになり、無理なノルマをこなそうと一生懸命頑張って自分が壊れていってしまう。幼少期から「できません」「嫌です」が言えないとそこまで影響するのではないかと思っています」
塚越「そうなると、身体的・精神的虐待を受けた子どももそうですが、一見幸せそうに見える家庭で育った子どもであっても、「嫌だ」と言えずに親の言うことを聴いて育った子どもであれば、大人になったとき同じことが起きるかもしれないと。その根底は、大人と子供の関係が上下関係で、「嫌だ」と言わせない、言えない関係が問題なんじゃないかということですね?」
高祖「はい、そのとおりです。教育虐待と言う言葉もありますね。
体罰禁止の第一歩は、親(大人)が子を従わせるために叩くという体罰をなくさないといけない。ですから、10年前から法制度化へのロビー活動をずっとしてきたんですね。ところが、担当者レベルでは賛同してくれる人が多くても、法制化となると全然動かなかったんです」
塚越「2020年4月に体罰禁止の法律が施行されています。その成立にこぎつけるまで10年以上かかっていたんですね。大きく動いたのはいつからだったんですか?」
10年動かなかった体罰禁止の法制度化が急速に進んだ2つの事件
高祖「2018年3月に東京都目黒区の5歳女の子の虐待死です。ひらがなで「ゆるしてください、おねがいします。ほんとうにもう、おなじことはしません」という反省文を書かせていた事件です。そしてその次の年、2019年1月に千葉県野田市の10歳の女の子が父親から暴力を振るわれていることを学校のアンケートにSOSを書いたところ、学校が父親にそれを知らせて、さらに父親から酷い虐待を受けて死亡した事件です。」
塚越「どちらも痛ましい事件として覚えています」
高祖「そこで私が署名サイトを立ち上げて、10日間で2万筆を集め、当時、超党派の虐待防止の議連の会長に提出。さらに色々なところに訴えに言ったところ、厚労省のある責任者が積極的に動いてくれました。もちろん署名だけの話ではありませんが、行政文書化としてまとまり、2019年6月の国会で可決。2020年4月から施行となりました。」
塚越「これまで10年に渡って訴えてきたことが、大きな事件が立て続けに起きてから法律成立までのスピードが急速ですね。逆にいうと、もっと早く出来たんじゃないかと」
高祖「そうなんです。もし、10年前に成立していたら、目黒区も野田市の女の子も死なずに済んだかもしれないし、もっとたくさんの子どもたちを救えていたかもしれないと思うと悔しい気持ちでいっぱいです。そして、法制化できたので、日本の親子関係も大きく変わることを期待したんですが、コロナ禍に突入してしまいました。」
塚越「あぁ、なるほど。体罰禁止の法律もコロナ対応も厚生労働省が担当ですね。厚労省はコロナ対応にリソースを割かれて行ってしまったんですね。」
高祖「そうです。体罰禁止の法律の周知をする間もなかったため、2021年体罰禁止の法改正がスタートした翌年の国の調査では、体罰禁止の法律を知っている人は2割程度という残念な結果となっています。」
体罰禁止先進国のPR方法と日本の認知度
塚越「体罰禁止の法制度化は、他国ではもっと前からやっているはずですが、その周知方法で良い例はあるんでしょうか?」
高祖「もともと子どもの権利条約は1989年11月に国連総会において採択され1990年に発効。日本では1994年に批准していますが、先日まで国内法への落とし込みがなされていませんでした。一方、世界で最も早くに、子どもの体罰を禁止したのは1979年のスウェーデンです。スウェーデンは小さい国なので、法改正したときに、全家庭に「体罰禁止」の冊子が配布され、牛乳パックにも「体罰禁止」の印刷がされて周知されました。」
塚越「リーフレットの全家庭配布も凄いですが、牛乳パックのような、日常生活用品を使った周知方法は秀逸ですね。日常見るものに、どこ見ても書いてあるというのは、効果がありそうです」
高祖「実際、大手牛乳メーカー1社がやったようですが、小さい国なのでその1社の効果はとても大きかったらしいです。法律施行年度の最初の大規模PRがとても大事ですね。」
塚越「そうですね、日本の場合は、コロナ禍に突入することでそのタイミングを逃してしまったということですが、法律自体は活きているわけですから、PRを諦めてはいけません。2023年4月に子ども家庭庁が創設されて、その担当省庁ですから、しっかりその役割を担ってほしいです。」
高祖「はい、日本でも「子ども基本法」が2022年6月に成立し、2023年4月に施行したことで、子どもの権利条約を管轄しているユニセフのホームページでもやっと「子どもの権利条約4つの原則が日本にも取り入れられました」と掲載されました。」
塚越「子ども基本法の施行は、国民へのPRとしてとてもよいタイミングのはずですね。」
高祖「そうなのですが、日本の子育て世帯は、「子ども基本法」以前に、「こども家庭庁」すら知らない方もいるようです。ある民間の調査では、子ども家庭庁の認知度は3割程度という結果もありました。」
(次回)高祖常子 認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク理事・子育てアドバイザーの視点(2/4)
全国民必読の「子ども基本法」~子どもの権利実現に今足りない条件
□必読!日本でも成立した「子ども基本法」とは
□幼少期の「がっかり感」体験がブラック校則に与える影響
□子ども時代に大人の言いなりだった大人が子どもの権利を守る方法
□子どもの権利を守るための環境整備と働き方とは